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2011年07月19日

「未来の食卓」

今は、小康状態なものの、

今日の日中は、

雨風がとんでもなく強くて。



野良のみんなが、

横になりながらも、なんとか凌いでる、

といった具合でした。



で、こんな激しい雨風の時は、

我が家で必ず開催される、

“天井”、“雨だれ”、

そして、

“バケツ”の三者による、

「素敵な?演奏会」なのですが、

今日は、なぜだか、

中止になった模様。



“ポツ”ともしません・・・。



もちろんその方がいいわけですが、

でもいつものことが起きないと、

なんとなく、

変な感じ・・・。





そんな雨風の午後、

今日は、家族三人で、

いただいたDVDを見ることに。



「未来の食卓」

という映画。






フランスの、とある農村。



そこでの子供たちの毎日の給食、

そして、

お年寄りの宅配給食は、

全て、

オーガニック。



そんな実際の話をもとに、

農薬のこと、

化学肥料のこと、

食品に含まれる数々の添加物のこと、

病気のこと、

環境のこと等々を、

真剣に、妥協せずに、真っすぐに、

かつ、やわらかく見つめていくこの映画。



字幕なので、

ヌウはよく分からなかったことでしょうが、

それでも、

私とかんちゃんの間で、

ずーっと一緒に見ていました。




もし宜しかったら、

皆さんにもぜひご覧いただきたいので、

詳細、感想などは省きますが、

子供たちの親の様々な思いと、

村長さんの、

「相談すべきは、お金でも、都合でもない。

私のなかの、良心だ。」

と言った言葉、

それに、

子供たちの心からの“笑顔”、

深く心に残りました・・・。






私が農を志して、

十数年になるのですが、

そのきっかけは、

「安全で、おいしい野菜を提供しよう!」

ではなく、

「害虫と呼ばれなければならない虫たちとの共存」。



もちろん、

「安全で、おいしい野菜の提供」

は、大きな目的の1つなのですが、

それは、

「害虫と呼ばれなければならない虫たちとの共存」

という農を志した時の最も大きな目的の上に成り立つ、

目的の1つ。



逆に言えば、

害虫には撤退してもらいながら、

でも、

安全、安心な野菜でありたいというのは、

大きな視点に立った場合、

ちょっと無理があるんじゃないかな~、

なんて思います。



確かに、農薬や忌避剤を使わず、

見つけ次第、手でつぶしたり、

足でふんずけたりすれば、

採れる野菜は、

安全、安心なのかもしれません。



でもでもそれは、

虫たちのことを一切考えていない、

人間さえよければという、

人間のエゴ。



ほんとは、

虫が食べていいんですね~、

彼らも生きているわけですから。



なんびとも、

“めし無し”では、

生きていけません・・・。




こういった人間の感覚が、

農に限らず、

今の色々な現状の根底にあるから、

様々な問題が発生するんでしょうね~。



もっとも、私も、

そんな人間の1人ではあるのですが、

ははは・・・。




私たち農園のポリシーである、

「いのちが集い、あふれる農園をめざして」

という、ここが、

本当の意味で達成できれば、

少なくとも、

「安全」、「安心」、「おいしい」、「旬」

といった、

食に関するキーワードは、

全て、自然に満たされるんじゃないかな、

なんて思っています。




この映画の舞台となった、

フランスの農村のように、

そんな農地が増えていったら、

うん!、いいですね~。



(最後になっちゃいましたが、

enisiさん、本当にありがとうございました!)

  
タグ :未来の食卓


Posted by とんちゃん at 21:48Comments(4)晴耕“雨読”

2011年06月16日

風の盆

雨の降る前、

といっても、最後の方は、

雨中での作業となりましたが、

今日は午前中、

ニガウリ、

聖護院胡瓜、

冬瓜の定植を。


あと、庭先、

定植を待っているのは、

万願寺唐辛子、

唐辛子、

スイカ、

ナス、

トマト、

モロヘイヤ、

となりました。


そんな夏野菜たちも、

次の雨前には、

畑に旅立っていくことになります。





さてさて、

今日は、雨。


ということで?、

つらつらと思いつくままに、

書いていこうと思います。




ここに、

古びた単行本があります。



吉川英治さんが書いた、

「宮本武蔵」。


中学3年の冬、

受験勉強真っ只中のこの頃、

この本に出会って。


以来、

何回読み返したか分かりません。


1ページを読むのに、

気づいたら、

1時間以上たっていた、

なんてことも・・・。


この本には、

様々な、

とっても、とっても大きなものをもらいました。




そんな中三の冬のこと、

大晦日の紅白にて、

「天城越え」

を歌う、

石川さゆりさんに出合って、

一目惚れ。


そんな懐かしい記憶にひたりながら、

今日の晩、

“石川さゆり in ユーチューブ”

となりました。



で、色々な曲を聴いているうち、

いつしか、この曲に。




なぜかわかりませんが、

ほんと、

なぜだかわかりませんが、

聴いているうち、

霞んで、あふれてきて。


とまりません・・・。





おわら風の盆。



今では、

大勢の人が来るのでしょうが、

脳裏に浮かぶのは、

昔、昔の、

哀愁漂う、

風の盆。



もちろん私には、

その当時の風の盆のこと、

知る良しもありませんし、

見に行ったこともありません。



でもでも、不思議ですね~、

そんな情景が今、こころに、

はっきりと、

うかんできます・・・。




いつか行ってみたいな~、

風の盆に・・・。

  


Posted by とんちゃん at 21:08Comments(4)晴耕“雨読”

2010年04月16日

「ススキの穂」

今日は、雨。


ということで、

ホームセンターに傘釘を買いに。


昨日、傘釘を買いに行き、

鶏小屋の屋根のトタン張りを完成させようとも思ったのですが、

雨が降ると、1、2日畑仕事ができなくなるので、

畑の麦の草むしりを優先しました。



現状は、

屋根の部分に、トタンを渡してあるだけなので、

明日、傘釘で、打ちつける予定です。




娘が小学校に入学してから、

今日で、ちょうど、2週間。


色々疲れていることと思うのですが、

そんなこと、おくびにも出さず、

毎朝、「いってきます!!」の大きな声と共に、

元気に登校しています。


もっとも、こちらの場合、

幼稚園と小学校が併設されているので、

場所も変わらなければ、

級友もほぼ、幼稚園の頃と同じなので、

そんなに疲れないのかもしれませんが・・・。



で、配布された、

私の頃とは大分様相が違う教科書を、ながめているうち、

ふと、思い出したことがあります。


当時の、道徳の本の中の話。


あらすじは、大体こんな感じ。



乗り合いバスに乗車してきた、女性、

手には、どこかで手折ってきたススキが3、4本。


先端には、きれいな穂が。


ところが、

乗車中、どこかにあたって、

その穂が折れてしまいました。


その女性、

「かわいそうに・・・、痛かったろうに・・・」

と悲しむことしきり。


その様子を見ていた、乗り合いバスの運転手、

「そのススキ、手折った時は、痛くなかったんでしょうかね?」

と。


それを聞いた、女性、

赤面してしまった、という話。



ふと頭に浮かんできただけであり、

また、なぜ憶えているのかも分からないのですが、

今こうして、思い出してみても、

考えさせられる話ですね~。




外は、雨。


少し肌寒い、静かな、雨の午後でした。




(昨日。春の風と、大麦の穂)


  


Posted by とんちゃん at 20:20Comments(2)晴耕“雨読”

2010年02月12日

そぼ降る雨




“もう何回も”、になってしまいますが、

農家でありながら、

雨が大好きな私。


しかも、

今日のような、

“そぼ降る雨”の日は、

心身ともに落ち着く、

ゆったりとした、

本当に、好きなとき。


で、これも度々になってしまいますが、

こういう日には、

決まって、頭に浮かぶ、

ある、“詩”があります。


小学生の頃、

国語の教科書に載っていた、詩・・・。



雨の

中に

1人

石がいる


億年を

蔵して

にぶい光の

もやの中に



もう、題名も、作者も、

記憶に無く、

また、区切り等も、うろ覚えではありますが、

この詩の語句と、

それから、

初めて読んだ時の、

鳥肌が立つほどの衝撃は、

今でも、鮮明に記憶の中にあります。


で、今では、

その当時受けた衝撃は、

大分薄らいでしまいましたが、

この詩を思い出すたび、

頭の中に情景が広がるのは、変わらず。


しかも、その情景は、

小学生の頃、

瞬間的に広がった情景と、

全く同じ。


本当に、強い衝撃を受けたんですね~。


高校の頃まで、

その衝撃が、強さを変えず、

心の中にあったように記憶しています・・・。





さてさて、今日は、昼過ぎから、

二俣にある図書館で、

久しぶりに、

晴耕“雨読”

となりました。


棚をめぐりながら、

また、

椅子に腰掛けながら、

のんびりと、

“活字の中を散歩した”、

なんて、感じでしょうか。


もっとも、

私は、とてつもない“遅読”で、

ひどい時になると、

文庫本1ページに、

30分もかかるときがあるのですが、

今日は、久しぶりの活字に、

うれしかったんでしょうね~。


“真綿に水”のごとく、

なんの抵抗も摩擦も無く、

すらすらと入っていきました。



で、気づいたら、もう夕方。


借りようと思っていた本が無かったので、

予約して、帰ってきました。





さあ、明日からは、

毎年この時期恒例の、

麹の仕込み。


すっきりとした気分で、臨めそうです。




  
タグ :晴耕雨読


Posted by とんちゃん at 20:47Comments(0)晴耕“雨読”

2009年12月11日

雨読?

「らーらーらー に~じがー にじがー・・・♪」


最近、我が家では、

この歌が大人気。

先日の日記でもご紹介した、

発表会で娘たち年長組が手話を交えて披露した「にじ」という歌。


気がつくと、

私を含め、誰かが口ずさんでいます。

そして、誰かが口ずさみ始めると、

きまって、“混声合唱”ということに。

さらにかんちゃんが、

中学時代に使ったアルトリコーダーまで持ち出してきたから、さあ大変。


「にじ」を数回演奏?、うたった後は、

娘のお気に入りの歌や、童謡、

はては、昭和の懐メロまで、

さながら、居間は“音楽会?”の様相に。


ということで、いま我が家に来て頂ければ、

みんなの美声?と、生演奏(笛のみ)が無料で聞き放題!!

もっとも、“気分”の保障は致しかねますが・・・。



今日は、雨。

昼ごろには若干の風を伴いながら、

まとまった雨となりました。

今日の雨は、私の好きな“そぼ降る雨”とはちょっと違いますが、

やはり雨の日はいいものです。


で、そんな雨の日は、

家の、ある場所から外を見るのがお気に入り。

こちら。



我が家の風呂場からの風景です。

曇りガラスのはいった古い引き戸をがらがらと開けると、

雨に濡れる南天と、トキワマンサク、

そして、その向こうに煙る、

田んぼ、杉、桧・・・。

木立の隙間から、東屋もかすかに霞んで見えます。


ここに机でもあれば、肘を突きながら、

ずーっと眺めてしまいそうな、

そんなお気に入りの場所なのですが、

今日はそうこうしてばかりもいられません。


先日籾摺りを終えた赤米と、黒米に、

少量ですが混ざっている籾や、籾殻を取り除く仕事が。

で、取り除いた分は、袋詰めし、

「天竜山の市」へ出荷となりました。


さらに今日はもう1つ。

パスタの生地作りです。

まず材料を。



私たち農園の小麦粉(中力粉)500gと、卵、オリーブ油大さじ2、塩少々。

これで、大体5、6人分です。

これを全て小麦粉と混ぜ捏ねていきます。

写真の卵は4個ですが、途中、1個追加したので、

計5個使用しました。


20分ほど捏ね、つやが出てきたら丸めて、出来上がり。



サランラップに包み、冷蔵庫にて一晩寝かせます。

で、翌日、延ばして、切って、茹でて、ということになります。


明日、知人宅へ出かけるのですが、

そこで皆に食べてもらおうと思い準備しました。

ということで、そこでの詳細や、

生パスタの続きは、また明日書こうと思います。




おっと、最後に1つ書き忘れるところでした。

我が家は雨の日、時と場合により、

天井から、ぽつ、ぽつと・・・。

ですので、雨の日は、かんちゃん、

風向きを見たり、雨量を確認したりと忙しい。

で、これはやばいと思えば、

バケツの登場となります。


これはまさに、雨の降り方を読む、

つまり、“雨読”ということに?

もっとも、そんなかんちゃんを横目に、

「たまには天井から落ちる雨音もいいもんだ。」

なんて、ふと口にしてしまった私・・・。


「口は災いの元」とはよく言ったものですね~。






  
タグ :生パスタ


Posted by とんちゃん at 22:20Comments(0)晴耕“雨読”